クチクラキチン

ゴキブリみたいな味がする。

「ミスター・ガラス」考察/信じる者が真実を作り出した話

このブログは気が向いた時に書き込み運が良ければ更新するシステムです。
(下書きのままの映画感想が2年溜まっている)
今回も運が良ければアップされます。


Glass (2019) - Official International Trailer UK

※「ミスター・ガラス」のネタバレしかない。

 

● 19年越しのヒーローユニバース 

M・ナイト・シャマラン監督作「アンブレイカブル('00)」「スプリット('16)」に続くシャマランユニバース3作目「ミスター・ガラス('19)」。

私は特別シャマランを追う者では無かったのですが、2年前にスプリットを見る直前、ちょうどアンブレイカブルを鑑賞していたことで奇跡的にシャマランユニバースをサプライズに体験できた人間です。
19年追い続けたシャマラニストほどではありませんがスプリットのラストに呆然と涙を流すしか無かったあの日が懐かしい。

 

そんな2年前から待ちに待ったミスター・ガラス。

サスペンスの「アンブレイカブル」とホラーの「スプリット」から続く本作は一体何映画になっているのかと。超人対決だしやっぱりヒーロー映画になるのかと。
そうなんですよねちゃんとヒーロー映画になってるんですよね……。

アベンジャーズジャスティスリーグ、はたまた日本のヒーロー大戦のようにお祭りでありながら、見失わない根底のテーマはしっかりとシャマラン流ヒーロー概念で。
結論から言ってまたラストで感銘を受けてしまう自分がいるわけですね。はーー

 

この記事は感想ではなく考察で、物語の説明とかはせず見た前提の知識で進んでいきますが、
友人と談義する中で再確認した本作の本質めいた部分を含めまとめさせていただきます。サンキュー友人。

 

● ヒーロー(ヴィラン)は如何にして特別なのか

今回、アンブレイカブルやスプリットで肯定してきた特殊能力=ヒーロー(ヴィラン)としての力を否定するところから物語は始まります。

新キャラとして登場する精神科医ステイプルは彼らを捕まえ、彼らの信じる特別な力など存在せず、全て現実の理屈で考えることができると諭します。

明らか胡散臭い雰囲気があるステイプル女医ではありますが、言われてみると確かに(これまでの演出が極めて現実よりだったのも手伝い)彼らに超常的な特別な力などではなく、現実に地続きな、「少しすごいだけの」「勘違いによって出せた」力だったのでは……?と当人も視聴者も疑問に思わせます。

特別な存在であるヒーローが本当に現実に存在するのか?という、アンブレイカブルからイライジャが見出してきた答えに反論していく形になるわけですね。

 

ヒーローの条件である特別な力なんてものは存在しないのか?
そもそも、特別な力とはなんなのか?突然変異なのかクリプトン星由来なのか。

ウルセェ!フィクションなんだからある場合はあるんだよ!とヒーローものに慣れた人間は思考を放棄しがちなところであるのですが、ぶっちゃけ本作ではその特別な力への特別な理由は判明しません。

 

本作は「ヒーローの実在」を証明していません。

ですが、確実に「ヒーローを生み出す」ことには成功しています。

 

イライジャの言う通り、本作は「はじまりの物語」であり、ヒーローが特別である理由、特別にされる理由を突き詰め、それを実行したお話なのです。

 

● 如何にしてヒーロー(ヴィラン)は生まれるのか

アンブレイカブルではヒーローはヴィランありきで生まれるものと言われ、その通りイライジャという大量殺人者がデヴィッドというヒーローを生み出しました。
さらに本作で明らかになりますが、"群れ"であるケビンたちが生まれたきっかけもイライジャによってもたらされたものでした。

ヒーローにしてもヴィランにしても、他者からの影響を受けて生まれ、個人では成立することはありません。それは善悪の物語として、両者が揃わないと物語として生み出されることがないからです。

 

しかし、物語には大前提として、それを読む鑑賞者が必要です。
作り出された物語やキャラクターの概念を汲み取り、認識する鑑賞者の手に渡ってこそ、物語は物語たり得る存在になる。それらを「ヒーロー」「ヴィラン」として認識する第4の壁の向こうがあってこそ成立する仕組みなのです。

イライジャは自身に疑問を持ちはじめた"群れ"に対し、「人々に見せて証明させればいい」と、デヴィッドとの対戦を促します。
ただ力を誇示するでなく、特別な力を持つヒーローとヴィランが戦う姿を見せ、認識させることで、実在を証明させる。人々の目に触れさせることで、本当にイライジャの生み出したかった特別なヒーロー(ヴィラン)が誕生するのです。

例えそれが本当にステイプル女医の言う通り、妄想の結果のものだったとしても。

 

● 誰が何を信じていたのか

イライジャは自分のような脆い人間がいるのなら、デヴィッドのように超人的な人間が存在するに違い無い、存在を証明すれば逆説的に自分も特別な存在になれると、ヒーローの誕生を信じてここまでやってきたヤバい奴です。

イライジャも知力がずば抜けていてそれも正直只者では無いと思うのですが、デヴィッドの力や頑丈さ、ケビンのビーストのような超人的な能力に比べれば人間的で地続きな能力と言えるかもしれない。
知力こそあれ、彼の行動は全てコミックに基づいていて、ただの人間が誇大妄想を原動力としたものと言って過言ではありません。

イライジャにとってデヴィッドやケヴィンがヒーローヴィランだとしても、それは彼の妄想の中の話でしかなく、ニュースで事件を見る世間にとっては同等に不審者であり犯罪者です。なぜなら世間は彼らをヒーローヴィランとして認識できていないから。
だからこそ、イライジャは世間の眼の前で彼らを証明させたかった。そのための19年かけた計画が本作でした。

 

しかし実は、デヴィッドたち特別な力を持つ人間を認識しているのはイライジャや周辺の人物だけではありませんでした。
それは彼らの力を否定していたステイプル女医その人です。

 

ラスト周辺で明かされるステイプル女医の所属するクローバーの組織は、世間に彼らを認識させることを拒み、秘密裏に処理しようとしている組織でした。
判明した直後はまーた突拍子も無いもの出して〜!と思ったのですが、あとあと友人と話す中で違和感に気づきました。

秘密裏に世界の均衡を図る組織……?あまりにもコミックでは……?

 

現に、全てを終わらせ安堵したステイプル女医は、普通の人が通わなそうな中古アメコミショップに足を運びます。あれだけヒーローの存在を否定していた彼女が、ヒーローコミックを手にしている……?

もしかして彼女たちクローバーの組織も、特別な力を持つヒーローの存在を妄想的に信じている、コミックの世界を現実に認識しようとしている集団なのでは……

 

この考えを提示された時かなりビビりました。えーー
初見では彼女たち組織の存在が、逆にヒーローたちの存在が現実であると証明しているのでは?と思ったのですが、これはもしかすると違う。

彼女たちは現実に居るヒーローを「認めない」から処置しようとしていたのではなく、イライジャと同じく、ヒーローの存在が現実にあると「信じている」からこそ、ヒーローの存在を消すために動いていたのだとしたら。

イライジャもステイプルもクローバーの組織も、全てヒーローの実在という妄想の元でデヴィッドとケビンを認識して行動していたとしたら。

 

全てコミックを信じる妄想癖なオタクたちによる茶番、そんなとんでも無い話がこのミスター・ガラスだったのか……?

 

● 信じるものは救われる

だからこそ、誰も特別な力を持つヒーローの実在を証明できていないのです。
実在の証明が本質ではなかった。

例え妄想だったとしても、それを信じたイライジャが最後に残した計画は、世界にデヴィッドとケビンというヒーローとヴィランを認識させることに成功しました。

これは息子にヒーローと思われていたデヴィッド、ビーストの力に疑心を抱きながらもそれでも信じようとしたパトリシアにも言えることです。
彼ら(彼女ら)は、たとえ妄想だったとしても、それを信じて動いたことで世界に認識させることに繋がりました。


世界に彼らを認識させる。自分達のいなくなった世界で、彼らが特別な存在であると認めさせ、人々の中にヒーローとヴィランを生み出した。
それだけではなく、彼ら以外のヒーローとヴィランの存在をこれから世界から生み出すきっかけを作り出した。

同じ妄想を持ちながらもそれを公にすることを拒み内に秘めることで自らの真実としていたステイプル、クローバーの組織とは違い、イライジャは世界に認めさせることで、自分の信じるものを真実としたのです。

 

19年かけ作られたこのお話は、イライジャによるイライジャのための救済の物語だったのでしょうか。

これまで彼が行った大量殺人はもちろん犯罪ですし、彼の行いは必ずしも世界のためではありません。彼はヒーローを求めましたが、当然それは自分のためでした。

彼が彼自身を救うために世界を巻き込んで世界の真実を作り上げた。まさに黒幕の所業であり、彼自身もヴィランであったと「視聴者」に認識させていることすら、監督の手中なのではと思います。

 

何故なら視聴者は、この世界の人々と同様に、イライジャの作り出した真実を真実たらしめるための証人に仕立て上げられているのです。

 

実際、デヴィッドとビーストが能力を発揮するシーンや対戦のシーンは妙に引き絵のショットが多いです。それはのちに世界に向けて拡散された、防犯カメラで捉えた彼らの映像に他なりません。
ヒーローや怪獣映画でたまにある、映画のショットがそのまんま劇中のニュース映像として世界に拡散されていて、これ劇中のカメラマンどうやって撮ったんだよ!てなるヤツの逆パターンです。

私たち視聴者は、世界に拡散されたものと同じ映像で、彼らの超人的な戦いを目の当たりにしたのです。
私たちこそ、彼らをヒーロー、ヴィランと認識する世間であり、私たち視聴者が本作「ミスター・ガラス」を見て信じる/信じないことにより、イライジャの計画の結果が決まるのではないでしょうか。

 

彼らを信じることがイライジャと同様に私たちの中で救いになるでしょうか。

少なくとも、監督は自ら作り出したキャラクターの責任を取り、あれを救いとして描いたのだと信じています。